硬さキーワード
硬さ記号
HRC、HB、HV、HS、HK等の記号を硬さ記号と呼び、これを算出された硬さ値の後に付す(60HRC、90HS等)。どのような試験方法で得られた硬さ値かを示すために付される記号。
長さ等のように、単位を有する量は加減乗除等の計算が可能であるが、硬さには単位がなく、そのような計算は行えない(例 60HRC足す60HRCは120HRCとならない。本来このような計算の対象とならない)。
硬さ基準片
硬さ試験は全て、試料に試験力(力)を負荷して生じた変形量(長さ)を測定する。この意味で硬さの基準は力と長さ、時間等の直接精度に依存している。
硬さ基準片は直接精度の特に優秀な試験機で、硬さばらつきが極めて小さく、材質的に硬さ経時変化のない試験片を試験し、その硬さ値を表示したもの。
これを用いて試験機の日常的な検査(間接精度)を行い、規格に定められた許容範囲に試験機が入っているか否かの確認を行う(校正ではない)。従って、基準片による検査で異常が認められた時は、専門家等による直接精度の検査と校正を行う。
構造敏感性
金属材料の性質には熱処理、第2元素の微量添加、わずかな塑性変形などによって大きく変わる組織に敏感な性質と組織に不敏感な性質があるが、機械的性質は弾性係数を除いて殆どが組織に敏感である。組織敏感性:structure sensitivity。
このため硬さで厳密で正確な値を求めることはなかなか困難で、物理的性質の定量化とは基本的な差異を生じやすい。
試験条件
材料試験では負荷力が同じであっても、力をかける速さや力を保つ時間、あるいは試験温度等の試験条件によって変形量が異なり、その傾向や程度も材料によって異なる。
従って硬さ試験においても、基準値決定機関の試験条件が特殊であると、正常な試験機(一般試験条件)の測定値が基準片の値と合わなくなって混乱を生ずる。これを防ぐために、例えばロックウェル硬さ試験のISO、JISでは、下図のように基準片規格(JIS B 7730)と試験方法規格(JIS Z 2245)には同じ試験条件が規定されている。
ショア硬さ Shore hardness HS
試験片の上にダイヤモンド圧子のついた錘を一定の高さから落とし、これの反発高さから求める硬さ。押込硬さ試験法と異なり、いわゆる動的硬さ(反発硬さ)試験法に属する。ショア硬さはハンマの落下高さho、跳ね上がり高さをhとすれば、概略次式で与えられる。
HS=(10000/65) × (h/ho)
1906年、アメリカのA.F.Shore氏によって考案されたもので、当時、焼入れした高炭素鋼を試料としてho=10インチ(254mm)から落下したハンマの跳ね上がり高さhが6.5インチ(165mm)であったことから、これをHS=100として、6.5インチの高さを100等分してショア硬さとして定められた.この試験の利点は測定に用いられる試験機が軽量、安価でもち運びもでき、大形ロ一ルのような移動できない試料の硬さが測定できる点である。反発高さを目測するC形とダイヤルゲージで読み取るD形試験機があるが、現在ではD形が多く用いられている。
元来精密性よりも携帯性等の利便性を優先する機構の試験機であるため、基準管理が難しく、ヨーロッパでは殆ど使われなくなり、また、アメリカにおいては4つのスケールに別れる等の混乱が見られる。日本ではショア硬さ基準を精密測定が可能なビッカース硬さに依存する方法が開発された(故 吉沢武男 東大教授、カタサ研究会初代会長)。この成功によって、我が国ではショア硬さ試験が広く浸透している。この方式は硬さ均一性の良いビッカース硬さ基準片を、国内の比較的信頼性の高いショア硬度計多数で測定した結果からHV-HSの換算式(VHS方式)を導入したもので、基準片規格(JIS B 7731)に定められている。日本では測定値にC形、D形の区別の必要が特にないのも、VHS方式による大きな特徴となっている。
試験機は上述のように主要部の直接精度を厳密に定義しにくいため、硬さ基準片による管理(間接検査)に依存している。厳密なHV-HS換算関係を実現するため、基準片の鋼種がJIS規格に定められており、硬さが30~95HSの範囲には共析炭素鋼(SK5)、100HSには過共析炭素鋼(SK2)が用いられる。
- 硬さ表示例 30HS、50HS
- 試験方法:JIS Z 2246、試験機:JIS B 7727、基準片:JIS B7731
ヌープ硬さ Knoop hardness HK
アメリカのWilson社の考案による硬さ試験法。くぼみ対角線の長短比が7.11:1の菱形のくぼみを生ずるダイヤモンド圧子を使用する。ビッカース硬さに比べくぼみ深さが浅いため、微小試験力による薄物試料の試験に向くが、日本ではビッカースの方が多く用いられている。ヌープ圧子は、二つの対りょう角が172°30′と130°の四角錐ダイヤモンド圧子であり、くぼみの長い方の対角線長さ(mm)から求めたくぼみの投影面積で、試験力(kgf)を除した値で硬さを表す。現在ではJISの重力単位系(kgf)からSI単位系(N)への表記変更に伴い、次式が用いられている。
HK=1.451F/d²
ビッカース硬さ同様、原理的に硬さの試験力依存性がなく、得られる値も比較的ビッカース硬さに近い。
- 硬さ表示例 640HK0.1 [ 硬さ値640,試験力0.9807N(0.1kgf) ]
- 試験方法:JIS Z 2251、試験機:JIS B 7734、基準片:JIS B7735(HV基準片)
- ISO 4546
ビッカース硬さ Vickers hardness HV
ビッカースは1925年、イギリスのR. Smith氏とG. Sandland氏によって考案された、対面角136°のダイヤモンド四角錐圧子を用いる硬さ試験法。ビッカース硬さは、試験片にビラミッド形のくぼみをつけたときの試験力(kgf)を、くぼみの対角線の長さ(mm)から求めた表面積で除して求めている。現在ではJISの重力単位系(kgf)からSI単位系(N)への表記変更に伴い、次式が用いられている。
HV=0.1891F/d²
原理的には試験力の大きさに制限はないため、広い範囲の試験力で用いられているが、我が国では試験力9.807~490.3N(1~50kgf)の範囲をビッカース硬さ、また9.807N(1kgf)以下を特に微小硬さ、またはマイクロビッカースと称することが多い。
ビッカース硬さの特徴は、試験力依存性がない(均質な材料に対しては試験力の大きさによらず同じ硬さ値が得られる)ことと、ブリネル硬さと同様試験機の原理と機構が明快で、ダイヤモンド圧子の互換性も高いために信頼性が高い点にある。このため日本ではショア硬さ基準の決定にも用いられている。
- 硬さ表示例 640HV30 [ 硬さ値640,試験力294.2N(30kgf) ]
- 試験方法:JIS Z 2244、試験機:JIS B 7725、基準片:JIS B7735
- ISO 6507
ブリネル硬さ Brinell hardness HB
1900年、スウェーデンのJ. A. Brinell氏によって考案され、同年パリで開催された万国博覧会に試験機が展示され、注目を集めた。鋼球圧子を用い、試験面にくぼみをつけた時の試験力をくぼみ表面積で除した値で表わされる。圧子は従来鋼球と超硬合金球の双方が用いられてきたが、現在の規格では超硬合金球のみを認めており、試験力F(N)、圧子直径D(mm)、くぼみ直径d(mm)のとき、次式により求められる。
HBW=(0.102×2F)/(πD(D-√(D²-d²)))
F/D²が一定となる試験力と圧子の組合わせを選択すれば同じ硬さ値が得られるが、これ以外のFとDの組合わせでは、ビッカースやヌープのような相似則が成り立たないため、同じ試料を試験しても同じ硬さ値が得られない。ブリネル硬さは他の硬さに比べて、くぼみの大きさが大きく、試験の原理や機構も明快で、現在でも工業的に多く使用されている。
- 硬さ表示例 350HBW10/3000 [ 硬さ値350,超硬合金球圧子直径10mm,試験力29.42kN(3,000kgf) ]
- 試験方法:JIS Z 2243、試験機:JIS B 7724、基準片:JIS B7736
- ISO 6506
モース硬さ Mohs hardness scale
1822年、鉱物学者F. Mohs氏の考案による鉱石の硬軟の序列。硬い材料と軟らかい材料をこすり合わせて、傷のついた方が軟らかいと判断した(引っかき硬さ)。モースの尺度では、1を最も軟らかい、10を最も硬い物として、次のように序列を定めている。
モースの尺度
1:滑石(Talc)、2:石膏(Gypsum)、3:方解石(Calcite)、4:螢石(Fluorite)、5:燐灰石(Apatite)、6:正長石(Orthoclase)、7:石英(Qualtz)、8:トパーズ(Topaz)、9:鋼玉(Corndum)、10:ダイヤモンド(Diamond)。
ロックウェル硬さ Rockwell hardness HR
1919年、アメリカのS. P. Rockwell氏が考案、C. H. Wilson氏により実用化された試験。ビッカース、ブリネル、ヌープ等の押込み硬さは、くぼみの面積の測定に手数が掛かる。ロックウェル硬さ試験は押込み深さを測ることで硬さ試験の迅速化をはかったものである。深さの零点として初試験力を負荷した点を基準とし、更に試験力を負荷してから再び初試験力に戻す。その前後2回の初試験力におけるくぼみ深さの差h(mm)を測定して硬さ値を算出する。圧子、試験力によって多くのスケールがあり、工業的に最も普及している硬さ試験方法である。主なスケールとその硬さ算出式は下表の通りである。
初試験力 | スケール | 圧子 | 試験力 | 硬さ算出式 | 用途 | |
---|---|---|---|---|---|---|
ロックウェル 硬さ |
98.07 | A | ダイヤモンド圧子(r=0.2mm 円錐角120°) |
588.4 | 100-500h | 超硬合金、薄鋼板、浸炭鋼等 |
D | 980.7 | Cスケールよりやや軽い試験力用 | ||||
C | 1471 | 100HRB以上の硬い材料で70HRC以下の物 | ||||
F | 鋼球又は 超硬合金球 (直径1.5875mm) |
588.4 | 130-500h | 軸受メタル、黄銅、薄板 | ||
B | 980.7 | 焼なまし鋼等 | ||||
G | 1471 | Bスケールより硬い材料 | ||||
H | 鋼球又は 超硬合金球 (直径3.175mm) |
588.4 | 非常に軟かい材料、例えばホワイトメタル等 | |||
E | 980.7 | 非常に軟かい材料、例えばホワイトメタル等 | ||||
K | 1471 | |||||
ロックウェルスーパーフィシャル硬さ | 29.42 | 15N | ダイヤモンド圧子(r=0.2mm 円錐角120°) | 147.1 | 100-1000h | 窒化鋼又は 硬い材料の薄板等 |
30N | 294.2 | 窒化鋼又は 硬い材料の薄板等 |
||||
45N | 441.3 | 窒化鋼又は 硬い材料の薄板等 |
||||
15T | 鋼球又は 超硬合金球 (直径1.5875mm) |
147.1 | 鋼、黄銅、青銅の 薄板等 |
|||
30T | 294.2 | 鋼、黄銅、青銅の 薄板等 |
||||
45T | 441.3 | 鋼、黄銅、青銅の 薄板等 |
- 鋼、黄銅、青銅の薄板等
- 鋼球圧子と超硬合金球圧子(例えばHRBSとHRBW)では、超硬合金球の方が低めの値を示すので注意を要する。
- 硬さ表示例 59HRC:Cスケールで試験した時の硬さ値59
- 試験方法:JIS Z 2245、試験機:JIS B 7726、基準片:JIS B7730
- ISO 6508
硬さ換算表
硬さ換算表PDFダウンロード(0.74MB)
参考文献
- 寺沢正男 著 「硬さのお話」(日本規格協会)
- 吉沢武男 編 「硬さ試験法とその応用」(裳華房)
- 田中良平 他 編 「金属材料の事典」(朝倉書店)
- 関谷三郎 著 「吉沢研・カタサ研そして材試研」(材料試験技術、41、3、1996、p. 134-136)
- 山本 普 他 著 「山本科学工具研究社文献集・硬さ基準片について」(山本科学工具研究社)
- 山本 卓 著 「硬さ基準片の現状と動向」(日本材料試験技術協会「現場の硬さ講習会」テキスト)
注) 2016年11月10日にリープ(HK)及びビッカース(HV)の項目を一部訂正致しました。